よれよれ将軍のよれよれ日記

日常のことをよれよれと書く日記です。

すぎやまこういち お別れの会

もう2022年2月だというのに、

いつのことを書いとんねんという話ではあるのですが、

やはり私の人生において、このイベントのことを

書かないという選択肢はないと思い、

今更ながら書いている次第でございます。

 

ただ、なにを書いたらいいのかがよく分からず、

今までほったらかしにしていたのです。

 

ちなみに「すぎやまこういち お別れの会」というのが

会の正式名称であって決して私が意図的に

敬称を付けてないわけではないことを書いておきます。

 

このブログ上でどうお呼びすべきかは

なかなか難しいですが、すぎやま先生と書くことにします。

 

訃報

いきなり少し遡りますが、

10月7日に、すぎやま先生逝去のニュースが一斉に出た際、

個人的に多少のショックはあったものの、

まあ仕方ないと思ったことを覚えてます。

御年90歳ですからね。早すぎるということもないですし。

 

あと、著名人の逝去というのは、なかなか現実感を持てない

というのもありますよね。

普段から頻繁に顔を合わせてるわけでもなく、

テレビ越しだったり、作品越しでしか

その存在を感じられないので、

亡くなったと言われても、明日からの生活に特に変化はないのです。

 

そんなこともありつつ、さらにニュースを知ったのが

仕事中だったこともあり、そこまでこのニュースで

大きなショックを受けることはありませんでした。

でも、知った瞬間はちょっと心臓がドキドキしましたが。

 

お別れの会

それから2ヶ月ほど経過して、お別れの会が開かれることとなり、

私、縁あって関係者の部にお招きいただきました。

 

5人のかたがたからの弔辞があり、

堀井雄二さんや千田幸信さんのお話を聴くうち、

私の心は予想以上にざわめきました。

 

小学生の頃からプレイし続けてきた、

ドラゴンクエストの曲を作っていたすぎやま先生が

亡くなってしまったんだという事実が、

今さらながらとても大変なことだと

実感をしてしまったのだと思います。

 

小学校の音楽の時間に、ちょくちょくわら半紙に印刷された

楽譜が配られまして、それを綴るための黄色いバインダーを

持っていたのですが、そのバインダーの表紙に、

適当に耳コピしたドラクエ1のダンジョンの曲の音を書いたり、

ピアニカで序曲のイントロを弾いたりしてたこととか、

ドラクエ1からのいろんな想い出が甦ってきて、

最近のノスタルジックネタも相まって、

心をガクンガクンと揺さぶられた感じです。

 

人目もはばからず号泣したいところでしたが、

そういうキャラじゃないのでグッとこらえました。

 

 

弔辞の後、電報紹介のコーナーになったのですが、

その初っ端がちょっとびっくりで

安倍晋三様から頂戴しております」

とか言うではないですか。

え!? なんで安倍さんから?

という感じでしたが、

すぎやま先生は政治方面でも頑張ってらっしゃったので、

冷静に考えればまあそうかという感じもしました。

詳細な理由は電報内で語られてましたが、

それを書くのも無粋な気がするので書きません。

決してめんどうくさいわけじゃありません。

 

その後、献奏のコーナーです。

都響による、「序曲」と「過ぎ去りし時を求めて」の2曲でした。

この2曲はやばいですよね。

「序曲」なんて、いつ聴いたってグッと来ちゃうのに、

このシチュエーションで聴いたらもう駄目ですよ。

過ぎ去りし時を求めて」も、初期のドラクエ総ざらいみたいな曲なので、

これで泣くなというほうが無理な話です。

しかし、ここでも目を潤ませつつグッと堪えて、

とにかくこの演奏を一音も聴き漏らすまいと、

必死で聴きました。

 

そんなわけで、個人的にはいろいろと

精神を振り回されてしまって大変でした。

この日は、夜になってもテンションが少しおかしくて、

やっぱり泣くべきタイミングで

ちゃんと泣いておくべきだったと反省しました。

なので、夜は家ですぎやま先生関連の本を読んだりしながら、

お酒を飲みつつ嫁といろいろ語り合って

ちょっと泣きました。

 

翌日は、久しぶりにヴァイオリンで

ドラクエの曲を弾いたりして、

個人的にすぎやま先生を偲びました。

 

という、本当に私の個人的な日記でした。