よれよれ将軍のよれよれ日記

日常のことをよれよれと書く日記です。

荒川区探訪 南千住~町屋 ミストを求めて

今日も私は有休を取り、

旧友のモチを連れて、懐古の旅に出たのです。

バリバリ地名を出していきます。

 

まずは南千住の回向院に行きます。

回向院

ここは、小学校時代の社会科見学的なイベントで

来たことがある場所です。

人間の前腕の形をした墓石があり、

「それがねずみ小僧の墓だよ」

と言われた記憶があります。

果たして、記憶どおりのものがあるのか。

 

まず現地に接近していく際に思ったのですが、

道路から見える建物がえらく立派で

私「こんな建物だったっけ?」

モ「もっと、屋外っていうイメージだったけどなぁ」

などと言いながら敷地内へ。

建物は、一階部分が通過できるようになっていて、

無理矢理例えるなら凱旋門みたいな形でした。

途中の壁に、この場所に関する歴史的なことが書かれており、

ものすごく要約すると、

杉田玄白前野良沢が、ここで罪人の死体の腹の中を見て

蘭学の人体解剖図めっちゃ正確じゃん!」

ってビビって、解体新書を著すことになった、

みたいな感じです。

私「へ~、ターヘルアナトミアがねぇ」

とか言いながら歩を進めると、

建物部分を通り抜けた先には墓地が広がっており、

史蹟と一般のかたのお墓ゾーンを

きっぱりと分けている感じの配置。

私たちはとりあえず史蹟を見たいので右へと行きます。

 

そこで早々に現れるのがこちら。

陰影の関係で少し見づらいですが

カール・ゴッチ之墓」と書いてあります。

プロレスの神様カール・ゴッチ氏のお墓です。

 

墓石の左側に碑文がありまして

来歴等が書いてありまして、石碑の下のほうには

アントニオ猪木氏のは名前があります。(来歴の中ほどにもありますが)

私が小学生の頃、ここに来たときに

カール・ゴッチさんのお墓などあっただろうか?

と少し考えましたが、没年が2007年なので、

そのときにはなかったんですね。

私たちが小学校の見学で来たのは

多分1990年とかですから。

 

私も、小学生の頃からプロレス大好きでしたから、

カール・ゴッチさんのお墓に手を合わせておきました。

「あなたのおかげで、子供時代に
 たくさんの感動をいただきました」

と。

 

さて、お次がねずみ小僧のお墓です。

これですよ。前腕型の竿石。

ただ、私が子供の頃に見たものとは

少々形が違うようにも見えます。

もうちょっと全体的に丸っこかったような。

あと、昔は、緑色っぽい金網に覆われて

保護されていた記憶があります。

「砕いて石を持っていっちゃう人が居るから
 こうして守ってるんですよ」

みたいなことを言われたのを覚えてます。

で、実際、あちこち砕けてて

もっとボロボロだったような記憶があるんですよね。

作り直したのかしら。

 

奥のほうには、吉田松陰さんのお墓がありました。

少々の小銭と、お米とお塩が供えられておりました。

 

回向院の史蹟部分は、思った以上に小さくて、

あっという間に見終わってしまいました。

小学生の頃は、もう少し広々としてたような

印象なんですけどね。

後から建てられたカール・ゴッチさんのお墓が

いい場所に建っていることから察するに、

結構配置替えをしてるんでしょうね。

年月の経過とともに、史蹟部分は少しずつ

小さくなっていってるのかもしれません。

 

ちなみにですが、回向院の南側にある小道を西に行くと

「尾花」という(多分)有名な鰻屋さんがあります。

すぎやまこういち先生もお気に入りの場所だったとか。

 

首切り地蔵

回向院を出て、少し南下すると

首切り地蔵なる恐ろしい名前のお地蔵さんがあります。

ちなみに、ストリートビューでそのお地蔵さんへの

のりを見てみると、

入り口の縁石におばあちゃんが腰掛けているのが

写っていて、なんともいえない気分になります。

敷地内の小道を行くと、すぐにお地蔵さんがあります。

若干逆光なのと、画像が小さくて見えないですが、

大きなお地蔵さんの左側の板(?)に

「小塚原の首切地蔵」と書いてあります。

怖いわ。

下に並んでる小さなお地蔵さんたちも怖い。

夜に来たら結構雰囲気がありそうでした。

 

町屋へ

南千住の想い出の場所はこれで多分終わりなので、

徒歩で三ノ輪まで歩いてから、都電で町屋に向かいます。

私としては、町屋も徒歩圏内なのですが

モチ「いやぁ、遠いでしょう」

と歩くのを嫌がるので、仕方なく都電に乗ることにしました。

数年ぶりに都電に乗りました。

懐かしい。

10分も経たずに町屋に到着。

ほら近いじゃん!

 

今回の旅のメインは、

「ミスト」というゲーム屋さんの跡地を訪れることです。

ミストは、多分私が20代前半くらいの頃、

なので今から20年前くらいに、

モチを連れてよく通ったお店でした。

サイバーウォーをそこで買ったのを覚えています。

他になにを買ったかは全然覚えてませんが、

モ「Dance!Dance!Dance! はミストで買った」

とのこと。

懐かしい。

 

そんなミストですが、

ネットで調べてもマジで全然情報が出てこなくて、

やっぱり、もう営業してないんだろうなという感じ。

唯一ヒットしたのが

「日本全国のゲーム屋を巡ってる」

といったかたのサイトで

「町屋にミストっていうゲーム屋があるはずだけど
 発見できず」

みたいな記事があったくらい。

ちょっと見つけづらい場所にあるんですよね。

 

ストリートビューで見る限り

2009年までは存在していた模様。

ちょっとわかりにくいんですが、

マンションの一階部分がショッピングモールになっていて、

その中の通路を進んでいったところの左側に

ミストがあるのです。

これ。

最近、このストリートビューを見てあらためて感じたのが

「こんな奥まった場所にあるゲーム屋を
 当時どうやって発見したのだろう?」

ということです。

というのも、この町屋という場所は、

私やモチの実家からは微妙に遠くて、

自転車で20分くらいの距離にあります。

なので、用がなければ来る場所ではないのです。

ミストに通ってたとき、ミストに行くために

町屋に行っていたのですが、

そんな我らが、どのような経緯でミストを見つけたのか。

これはもうさっぱり覚えてません。

 

モチとそんな話をしていたら

モ「町屋の駅前に、地下に下りるところがあって
  そこによく行ってた気がするんだよ。
  そこにもゲーム屋があったのかなぁ。
  そこで欲しいゲームが手に入らなかったから
  町屋を探索してミストを見つけたみたいな
  感じじゃないかなぁ」

とか言うんで

私「じゃあ、今度町屋を探索しようぜ」

ということで今回のツアーが組まれたのでした。

 

町屋の地下

駅前の交差点の一角に、こんな階段がありまして、

地下に行けるようになってます。

私「いやぁ、こんなところ来たかなぁ。
  全然ピンと来ない。
  ”ああ、ここかぁ!”ってならない」

モ「違ったかなぁ」

とか言いながら下りておきます。

 

地下には、焼肉屋さんとハンバーグレストランがあるのみ。

ここの焼肉屋さんは多分近隣住民には有名ですが、

私は一度も行ったことがありません。

 

下りてきた階段。うーん、殺風景。

そして飲食店の反対側はガラス張りの壁のようになっていて、

中は廃墟のような様相を呈しています。

(写真の右側に霊のように写ってるのは、反射してる私です)

このガラス壁沿いに歩くと、デッドエンドな感じ。

怖いわ。

私「いやぁ、やっぱり(学生時代に)こんなところに
  来てないでしょ」

モ「おかしいなぁ」

結局なんの収穫もなしに地上に戻りました。

先ほどの階段は上階にも続いていて、

二階にも飲食店があります。

私「あの”とり家”が、昔は”やるき茶屋”だった。
  やるき茶屋で、Y(これも小学生の同級生)と
  飲んだ記憶がある」

モ「ああ、多分、俺らが町屋をぶらついてたら
  Yと会って、そんで飲もうってことになって
  入ったんだと思う。
  Yとはいつも、ばったり会って飲むからね。
  待ち合わせとかして会ったことがない」

ミストを求めて

町屋のメインストリートを北上していきます。

徒歩だと少しかかります。

モ「あれ、こんなにこっち(遠い)だっけ?」

私「そうそう。もうちょっと行くと
  マンションの下にショッピングモールがあるんで
  そこのはず。
  当時は自転車だったからね」

ほどなくして、ありました。

マンションのショッピングモールが。

内部へと続く通路に入って左側がミストだったのですが

「犬服」になってました。

犬服っていう店名なのかしら。

私「ここがミストだったねぇ」

モ「店内、こんなに狭かったっけ?」

私「なんか、トリミングスペースみたいなのが
  奥にあるっぽいから
  ミストのときよりだいぶ手前に
  壁を一個作ってるっぽい」

とか言いながら、特に懐古できるものもなく、

すごすごとメインストリートのほうへと戻ると、

なんだかサイレンの音が聞こえます。

私「お? どっかで火事か?」

とか思ってると、

私達の目の前に消防車が停まるじゃありませんか。

キョロキョロと左右を見てしまう私。

すると、右からおじさんが駆け寄ってきて

消防隊員のかたに

「こっち! こっちです!
 お願いします!」

みたいなことを言って、

小道のほうを指すのです。

そのおじさん含め数人が

「中どうなってんの?」

「いや、わかんねえ。○○さん次第だよ」

みたいなことを言ってて、すごく不穏な感じ。

 

若干の野次馬根性もあり、

先ほどおじさんが指していた小道のほうへ行き

どこかから煙でも出てるのかな、と

道の奥を覗いてみると

私「!!
  ミストあるじゃん!!」

これはマジでびっくりしました。

(ちなみに、上の写真は、回り込んで反対側から撮ってます)

ただ、看板はあるものの、どこが店の入口なのかわかりません。

興奮しすぎて、外観の写真を撮るのを忘れてしまいました。

ストリートビューから画像を拝借。

周囲のシャッターは閉まっていて、

下町の工場(こうば)みたいなドアがあるのみ。

そして、左右のドアにはポケモンのポスター。

↑は2022年の画像なのですが、ここには看板が存在してない

という謎もあります。

私「このドアが入口なのか?」

モ「いや、でも(写真左側の)シャッター閉まってるし
  やってないんじゃない?
  開いてるときはシャッターが開くんだろ」

私「いや、このシャッターが開いたところで
  中の空間は、このドアの向こうと一緒だべ」

モ「いやぁ、でもどう考えても
  店の入口には見えないよ
  なんにも書いてないし」

などと不毛な議論をしていたのですが、

私としてはここまで来て、

なにもせずに帰るようなことはできないので

ドアの取っ手に手をかけてみました。

左のドアを左に動かそうとするも、動かず。

右のドアを右に動かそうとするも、やはり動かず。

私「なるほど」

とか言っていたら、近くで見ていた

自転車に乗ったおっちゃんが

「やってないよ」

と教えてくれました。

私「あ、そうなんですか」

そうこうしてるうちに、

メインストリートのほうから

隊員さんたちが、ストレッチャーを運んできてました。

ミストより手前の集合住宅の

やや上のほうの階でなにかがあったらしく、

なんにんかが5~6階あたりを見上げてる感じでした。

私も見上げたのですが、とくになにも見えず。

得られるものもなさそうだったので、

ノコノコと退散したのですが、

少し後になって

私「あのおっちゃんに、
  もうちょっと詳細を聞けばよかったー!」

と激しい後悔の念に襲われました。

今日が定休日なのか、それとももう営業してないのか、

なにかしら情報が得られた気がします。

私「もしかしたら、あのおっちゃん、
  店主だったんじゃないか?」

などと妄想しだし、

モ「その可能性はちょっとある」

私もモチも、店主のおっちゃんの顔を

あまりはっきり覚えてないのですが、

なんとなくさっきのおっちゃんと雰囲気は似てたんですよね。

ただ、最近のご時世のせいでマスクをしてたので、

顔の全貌もわからず。

引き返しておっちゃんに

突撃インタビューしようかと思いましたが、

さすにがちょっと時間が経ってしまって、

戻るのも面倒だったので結局果たせず終いでした。

 

私「いやぁ、でも看板あったね」

モ「見つけた瞬間、脳がバグったのかと思った」

私「いや、でもちょっとしたミラクルよ。
  消防車来なかったら絶対見つけられてなかった」

モ「すごいタイミングだったもんね。
  行き(往路)にも看板は見えてたはずだけど
  まったく気づかなかった」

と、一頻り今回のミラクルで盛り上がりました。

消防車が来てるので、不謹慎ではあるんですが。

 

私「最近まで営業してたのかなぁ」

モ「俺らが行ってたときより、
  看板は綺麗だったよね。
  最近作り直したんじゃないかなぁ」

私「でも、”町屋 ミスト”とかで検索しても
  マジで全然情報が出てこないんだよね。
  営業中の店が、そんなに引っかからないって
  ことがあるかね。
  ゲームのミスト(サンソフト)ばっかり出てきちゃう」

モ「名前が悪いよね。
  そこそこ有名なゲームともろかぶりしてるし」

そんな話をしながら帰路につき、

私「サンソフトと言えば、昔うちに
  オラクルの宝石っていうゲームがあってさ。
  多分サターンだったと思うけど」

モ「あったなぁ、そんなゲーム」

私「あ、知ってる?
  なんか、難しいパズルが集まったようなゲームで
  ミストの縮小版みたいな感じだと思うんだけど
  当時、クリアしようと思って真剣にやってたんだけど
  どうしても解けないパズルがあって、
  サンソフトに(多分)メールをしたんだよ。
  ”どうしても解けないんです”って。
  そうしたら、”解答送るから紙代数十円払ってくれ”
  みたいな返事が来て、後日、
  解き方が印刷された紙の束が家に届いた。
  このサンソフトの対応も含めて、すごく思い出深い」

こんな感じで、昔のゲーム話にどっぷり浸かりながら

18時頃に解散したのでした。

有意義な有休でした。

私が懐古に懐古を重ねている瞬間にも、

同僚たちは仕事をしているのかと思うと申し訳ないですが、

私は今、懐古でエネルギーを得ないと生きていけないのです。